光 〜天使の捨て子〜 4−1


 四 叫び
 
 母が入院してから、父は仕事を退職した。もともと、年金を貰っていた年齢なのだから、働かなくてもいい筈だったので、それはごく自然の流れだったろう。大学側はまだ父を欲していたが、母の病気のことを聞かされると、渋々ではあったが納得したそうだ。はたして、大学は父をその人格を買って必要としていたのか、それとも、新規採用をせずにわずかに安い料金で雇っていたので困るからかはわからない。二人は姉が何時帰ってきても、せめて大学へ行けるようにとお金を貯めていたが、今ではそれを母の治療に使っていた。幸い、保険に入っていたので、払えきれない額という訳ではない。
 私はこれ以上両親に負担をかけない為、特別奨学金を狙っていた。私が行きたいのは専門学校だったが、なかなかの名門であり、そういう制度を取り入れていたのだ。普通、奨学金は卒業後に返さなければならないのだが、特別奨学金はそうではない。学校側が全面的に援助するために、学費は返さなくてもいいというものであった。ただし、これには条件があり、途中で成績不良に陥った場合は、奨学金で貰ったお金は全て返還しなければならない。また、学校が推薦する企業への就職も、明記されてはいないが暗黙の条件の一つなのである。

 
 母が病気になってしまった以上、私はこれ以上両親に迷惑は掛けられない。
 姉のように。
 姉のように、迷惑をかけたくない、それだけだった。
 


 母が入院してから、キサラは保育園に入れられた。父は保育園が休園の時以外、ほとんど母に付きっきりだったので、行きを除き、キサラを保育園に迎えに行くのは私の方が回数が多かった。そして、私が迎えに行くときは、その足でキサラと病院へ向かい、キサラを母に会わせていた。
 「また大きくなったね、キーちゃん、」
 苦しいだろうに、そういう様子を微塵も感じさせない調子で母はキサラの頭を撫でた。すると、キサラはニコニコ笑い、保育園で何があったかを語った。母の前ではキサラは惜しみなく笑顔を振りまくが、家に帰るとたまにしか笑顔を見せない。キサラにとって、母は本当の母なのだろうと私は思った。そして、私は単なる同居人であり、家族ではないのだろう。
 病院に入院してから母の容態は安定しているのか、何時行っても変わらない顔色で私たちを迎えた。この調子なら当面は心配要らないと思い、父も私も一応安堵していた。夕食は、ほとんど外食だったが、育ち盛りのキサラに何時までもそういうものばかり食べさせるのはよくないだろうからと、近所のチエの母が、時々煮物をくれるようになった。私自身、料理はそれほど下手ではないと思うので、暇なときは買出し夕食を作ったりしていた。料理本を引っ張り出してそれを見ながらであれば、その通りのものが出来上がるが、子供の舌に合わないこともあり、選択することだけが少し難しかった。
 母のない生活もようやく安定してきたように思えたが、私の進路はそれほど安定していなかった。今まで模試では完璧に合格ラインに達していたのに、成績が下がり、普通の奨学金も取れないのではないかと思えるほど下になってしまっていた。先生がそういうこともあると言っていたし、自分でも精神的なショックがあったのだからと納得していたが、このままではいけないと勉強する時間を増やした。部活に入っていなかったので、他の人よりは勉強時間があると言うことだけが救いだった。
 進路の話を担任としているとき、話の流れで母の入院した病院名を言うと、先生は思い出したように言った。
 「その病院に、お前が一年のときに同じクラスだった子が入院しているぞ。」
 担任は先生の移動がない限り三年間変わらないので、この担任とも三年間の付き合いである。今まで敢えて一年の時のことを触れないようにしていただけに、担任の言葉に首を傾げた。
 「・・・、」
 「一ヶ月ほどしか同じクラスではないのだから、覚えていないだろうが、電車事故に巻き込まれたサクライさんだ。他県で治療を受けていたんだが、意識は戻らないまま自宅近くの病院に移されたんだそうだよ。よかったら、見舞いにでもいってやってくれ」
 そうは言うが、友人でもない人を今更見舞いに行くのもどうかと思い、「行く」という返事はしなかった。
 けれど、先生に言われたことを母に聞かせると、ぜひ行くべきだと強く言われた。入院しているとは言っても、相手は意識を失っている。喜ばれるとかそういう以前の問題だと思うのだが、母が言うので私はできるだけその意向に沿おうと思い、休日に花を持って面会をすることに決めた。

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

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如月立春

Author:如月立春
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